あなたは何を所有していますか?と問われたら、なんて答えますか。
家、車、ピアノ、家具、貯金、本・・・いろんなもの所有していると答えるかもしれません。
果ては子供を、恋人を、「ペット」を所有してると思い込んでる人もいるかもしれまへん。
でも本当は、なんにも所有してないんですよね。
この世を去るとき、人は何一つ物質的なものは持って帰れない。
持ち帰れるのは心のみ。
心一つだけ持って帰れるワケなんで。
逆に言えば、心に、魂に、深く刻み込まれたもの、沁み入ったものは全て持ち帰れるんですね。
だから磨くのは心、持ち帰るために豊かな学びを魂に刻むしかないんですけどね、人間は日々いらんことが心に去来して、カビやアカを溜め込んでしまう。
カビやアカを落としてから帰りたいですね。
お金、権力、支配、いろんな欲の元は、所有なのかもしれませんなあ。
所有してる(できる)ように思えるのは、マボロシ〜🤞なのにね。
親方の誤てる所有欲物語。
小学校低学年の時、近所の田んぼで大きな(といっても12センチくらい)ドジョウを見つけた。
同じく生き物が好きだったフナッコという男の子と一緒に田んぼで遊んでいて、かなり立派なドジョウだったんで、2人でテンション上がったんですよ。
確かフナッコが急いで家に帰って何か掬えるものを持ってきてくれた気がする、その間親方はドジョウの行方を見守っていた記憶がある。
そしてどういう話し合いの結果だったか、親方が家に持ち帰ることになった。
彼だか彼女だかすらもわからないそのにょろにょろした生き物に、親方はアトムという名前をつけた。
当時はネットもないし、図書館とか本屋さんも遠い田舎に住んでいたゆえ、育て方がわからない。
何を食べるかもよくわからない。
とりあえず洗面器に入れて、カルキを飛ばしたお水に入れて、隠れられる土の代わりにホースを切って入れた。
石一つ、水草一つ入れてあげなかった気がする。
アトムはよくホースの土管に入っていた。
とりあえず、金魚を飼っている友達が金魚の餌をくれた。
幸いアトムはその餌を吐いたり吸ったりしながら食べてくれた。
ペットショップにも行って、店員さんにも聞いた。
とりあえず金魚の餌をあげることになった。
今調べると、ドジョウは雑食性なので金魚の餌でもいけたらしいけど、今ならあれこれ環境を整えてあげられたんだけど・・・。
そんで毎日朝に晩にアトムと交流して、幸せを噛み締めていた。
金魚も何度も飼ったけど、アトムのような思い入れは持てなかった。
そんなある日、母がアトムを日光浴させながら庭の掃除をしていた時に、近所の美人な野良猫が、アトムを洗面器から出して遊んで、食べずに放置するという悲劇が起きてしまった😭
今思えば、子どもの単なる「かわいい!」という欲でアトムを誘拐したけど、田んぼで暮らしていたアトム、すなわち野生動物を持ち帰ったことで、アトムの人生は自然から遠く離れた洗面器という限られた空間(牢獄)に縛られてしまった。
美人猫に遊ばれなくても、サギに一瞬で命を奪われたかもしれないから、アトムの寿命はわからないけど、せめて環境をもう少し整えてあげればよかったな。
親方の無邪気な生き物への愛が、愛だと思い込んだ欲が、アトムの人生を狂わせてしまったけど、アトムとの間には確実に友情があったと信じている。
だけど、所有欲が招いたアブダクションは、大人の今思うと、とても申し訳ない。
愛するアトムよ、アブダクションしたことも、環境を整えられなかったことも、許しておくれねー。