あたし、黒猫のクロ。
昭和に生まれ昭和に散った、生粋の昭和っ子よ。
あたしね、まだ新幹線が通ってなかった頃の某杜の都の端っこ、番地に「字」がつくような田舎の町で、おばあちゃんと一緒に暮らしてたの。
でもある日、おばあちゃんが死んじゃった。
それでアンテナ立ててみたら、割と近くにたらしこみやすい一家がいるのが分かったんで、その家に流れて行ったんだ。
その家のお庭は広くってね。たたきに座って窓を見上げてたら、お母さんがミルクをくれたの。
女の子が3人いて、そのうちの下の2人が、あたしのことをすごく好きなのがわかったの!
しめしめ、くみしやすしって思ったけど、ところがどっこい、そうは問屋が卸さなかった。
お母さんは二日くらいご飯をくれたんだけど、女の子たちが知らない間に、家の前を通りかかった子供に、「この猫、遠くまで連れてって離してきて」って、なんとあたしをやんちゃ坊主に渡しちゃったの!
お母さ〜ん!ご飯までくれておいてそれって何?って思ったけど、でもね、お母さんはパニックになりやすい人だから、あたしに居着かれたらどうしようって、ちょっとドッキリしちゃったみたいなんだ。
昭和だからね、そういうこと普通にあったんだよ。
その夜、あたし、どうやってあの家に帰ったろうかと思ってたら、その家の姉妹ちゃんからの声が聞こえたの。
「神様、クロを返してください。クロ、絶対帰ってきてね、絶対帰ってきてね。神様、お願いします、クロが帰ってきますように・・・・」
ずっと祈ってる声が聞こえたの。
あたし、その声の聞こえる方に向かったんだ。
そして翌朝、女の子たちが窓の外にあたしの姿を見つけて、狂喜乱舞したの。あたしも嬉しかった。
その姉妹は、シス子と爺子っていうの。
あたしたちはとっても仲良しになったよ。
でもね、この家のお父さんも一筋縄では行かなくって、猫が好きなくせに素直じゃないから、そう簡単にはお家に入れてもらえなかったんだ。
だからまずお庭で暮らしたの。
東北の秋は短いからすぐ冬がやってきた。
雪の日には、爺子が学校から帰ると、2時間くらい玄関の前で抱っこしてくれたんだ。
あたしちょっとばかしふくふくしてたから、小学生の爺子には結構重かったんだって。
でもあたし、抱かれ上手だから、上手に抱かれてあげてたもんよ。
そんなある日、お母さんが、寒いのを言い訳に家の中に入れてくれたの。
あたし、一目散にストーブの前に陣取って、ゆっくり体を舐め始めたわ。まるで、もうずっとこの家で暮らしてきたみたいに。
仕事から帰ってきたお父さん、くつろぐあたしを見て「お!」って言っただけ。
お母さんは「寒かったから」とかなんとか言ったけど、お父さん、あたしが家の中にいるのを当たり前のように迎え入れてくれた。
そっからはあたしのお天下様だったわ!
この家はそれまではワンコがいたんだけど、あ、あとドジョウとか金魚とかカエルとか虫とか、そんなのはいっぱいいたんだけど、猫は初めてだったの。
だから、猫ってこうよ!っていうお手本みたいな、猫のなんたるかをたくさん教えてあげたんだ。
腕が鳴ったわ。
食卓からお魚やほうれん草をかっさらってあげたし、新聞読むのは邪魔してあげたし、お外から帰ってまっすぐ泥足でお布団の中にも入ってあげたし、たくさんの鳥やら虫やらをとってきてあげたし(だからネズミを捕まえた口でそのまま爺子を舐めてあげたこともあるし)。
はるか高いところに上ってみたり、飛び回って遊んで、あたしにたかるノミをたくさん退治させてあげたし、ゲロも踏ませてあげたし、とにかくあたし、張り切ってこの家の猫教育をしたの。
そしてね、極め付けが、暴力よ!
あたし、とってもやんちゃだったの。
だから、座卓にかかってるテーブルクロスの下に潜んでは、通りかかる家族の足に飛びかかって、引っ掻いて蹴りまくって噛みまくってやったし、爺子たちの腕をおもちゃにしては噛みまくって蹴りまくってやったの。
だから、いつも彼らは引っ掻き傷やミミズ腫れだらけだったし、キャーキャー言ってた。
でも、あたしは、あたしのつけた傷すら丸ごと愛してもらえたの。
あのね、あたし、時々天国から地球のこと見守ってるんだけど、あたしの時代には聞いたことのなかった「トライアル」って制度があるんだってね。
その制度って、いろんな保険の意味であるのは天国で勉強したんだけど(里親が変な人だったら猫ちゃん返して欲しいし、猫の意に染まない家っていうのも実際あるしね)、だけどね、あたしから言わせたら、相性がどうので3日で返します、とかいうは、なしだわ。
そんな2週間かそこらで懐かなかったからって、それが何?
どうして?
ゆっくり家族になっていくもんだし、その過程がまた楽しくもあり醍醐味でもあるんでしょう?
家族になるなら一生よ。
そりゃさ、そんなにすぐ懐く子ばっかりじゃないわよねえ。怖がりの子もいるし、慎重な子、用心深い子にとっては、新しい環境に慣れるのってホント大変なわけ。
あたしたちには爪があるから、恐ければ手も出ちゃうし、手が出れば傷もつけちゃうよ。
だってそのくらい怖いんだから。
でも家族なら、どうしてゆっくり待ってくれないのかしら。
あたしたち猫にだって、様々に豊かな個性があるんだもの。
あたしみたいに、猫さらいにまで愛想振りまけるほど物怖じしないタイプもいれば、どこかのネオくんのように、未だに最愛の人と廊下ですれ違うときに小走りで逃げる子もいるわけよ。
思った子と違うから、って理由で返されるのもよく聞くわね。
どんな性格だろうと、どんな病気があろうと、あたしはあたし。
そのあたしを迎えたいと思ってくれたなら、それはもうハナから丸ごと一生の責任感を持って迎え、愛して欲しいわ。
命と暮らすって、そういうもの。
ゲームのように、好きなキャラにプログラミングなんてできないし、リセットが効くわけじゃない。
世の中の、暴力娘たち、怖がりの子達、何度も捨てられて傷を負ってしまった子たち、あなたたちがニンゲンを選べたらいいのにね!
あなたたちを丸ごと愛してくれるニンゲンが必ずいるからね!
そのニンゲンのもとへ、無事にたどり着けるようにと、あたし、心から祈ってるよ!